テキスト1964
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料理、菓子は見ても美しく、たベてもうまいことが肝心なのだが、それへ意匠の美しいこと、いつま.ても印象に残る美しい好み、と云うのは案外、少いないものである。日本の料理と菓子には木の葉や草の葉を添えることが多いが、これは自然の情味、風雅な味わいをとり入れて、たべものをさらに新鮮な感じに見せることにも役立つし、食慾を高めるためにも役立つことになる。菓子は「つくりこのみ」と云う古い言葉にある様に、もと、木の実を写して作ったことが始まり.てあるーと云う如く、木の葉、草の葉に関係が深いことも当然てあろう。さて、私の仕事は「いけばな」なのて毎日、草や木や花を切ったり集めたり、配合したりする関係上、料理や菓子を見る場合に、その味は云うまでもないことだが、その姿、形の自然趣味を活かしたもの、花の形や色、花葉を意匠したものには、とりわけ心をひかれる。外国と日本の料理、菓子を比較しても、日本のものには自然の風物叙情から意匠づけたもの、形と色彩を写したものが多く、殊に伝統的なものには一層、こんな調子のものが多い様に思っ。これは、私の素人観てくわしくは解りにくいが、詩歌、茶道、花道など伝統的な日本の芸術が、郷土的な自然と叙情を織り込んで仕上って来た様に、私達の生活やたべものの中にも、自然の風物を中心にとり入れて、それがひろく深い習慣となって来たものであろう。きものの染織図案なども同じ様に、日本的な自然をうつして、美しいきものを画きあげる、つくりあげると云ったのも、意匠考案において同じ日本趣味なのであろう。和菓子の場合、菊の葉や笹の葉、つばきの葉などをそのまま意匠的に用いるのは、日頃、見なれた私達には、なんの変ったところもない訳だが、外国の菓子と比較して考えて見ると、日本の菓子はいつも自然叙情と[与実的な形と色と感じの中にヽ味わいをもちつづけていることに気がつく。けうは七月十七日、京都は祇園祭のすがすがしい朝である。囃子の鐘と笛の音が風に伝って聞えて来る。けさ、岡山から送ってもらった白桃を机の上にながめながら、ふと、思いついて筆をとった。「葉や花ものを使った菓子」について、いろいろ思いつくままに書きならべて、皆様と一緒に味わって見ようと思つのである。蓼い菓子の中には鶴屋亀屋のつくるところの銘菓から、全国著名の名物菓子の類のさまざま。そのうちには郷土の風味をよく活かしたもの、どうしても真似の出来ないその店の秘法の菓子、旅の想い出をいつまでもつづける印象の深いもの、中には人を喰った名物菓子も多いが、商買品の菓子とは別に、農山村や町の習慣に依って作られる餅菓子の類など、その中の自然と雅趣の深いものを書きならべて見よう。よほど以前のことである。私のいけばなの仕事のために岡山県の北部地方、高梁川の上流地方へ旅行したことがあった。倉敷から十里ほどの山間の村で数日間、滞在したことがあったが、なにしろここは中国山脈のせきりよう地帯のこと、たぺものも充分でなく、とりわけ菓子などは農産物や自然野生の材料から工夫したものが多く、全く原始的な山村の甘味品である。しかし、その土地の近郷の農家で造られる、手製の菓子のいろいろを味わうことが出来て、大変、楽しく面白かったが、その中にも珍らしいものを並‘0て見ると、熊笹の実の飴菓子、栗まんじゅう谷川のりせんべい、ふき砂糖潰紫蘇巻、紫蘇飴、など、これは私の数日の間に味わったもの、話に聞いたものであったが、特に京都人の私にもてなしのために作って呉れたものもあった。熊笹は高山に年数を経た株の笹にかぎり、たんばく質の小さい米つぶの様な実が秋に実り、それを飴に混えて板状としたもので生姜飴の類.てある。笹の実は私屯戦後早々、まだ食糧事情の悪かった頃だったが、伊吹山の七合目あたりに群落をして野生しているのを、登山の人達が実を採集して居ったのを見かけたが、高さ六尺ほどの熊笹て、高山.てないと実がつかないものらしい。栗鰻頭は栗あんを作り米粉で包んで蒸した鰻頭、しそ飴は飴をたいてその中へ、しその葉を一セソチ程度にきざみ入れてかため、板状のものを割ってたべる。のりせんべいは清流の岩石に出生した川のりを採集して、砂糖を交ぜ乾燥して板状とした小片の菓子で珍らしい風味がある。ふきの砂糖漬は山ふきの茎の砂糖潰で、これは他地方でも作られるもの。みようが餅は米粉を練り、それヘみようがの根をすり込み餡を包む。その鰻頭をみようがの葉を二つ折りに包みしむものにする。飴はすべてさつまいもより製したもの。さて、各地方.てよく作られる素人の餅菓子の類から、植物の葉を用いてあるものを考えて見よう。笹葉羊羮さんきらい絣みようが餅笹葉羊羮は米粉に小豆、砂糠を混じたむしものを笹の大葉て包む山村の野趣深いもの。とち羊羮はとちの実をむし、更に羊羮に仕上げた丹波の菓子。風雅な香りがある。よ屯ぎだんごは一般的に知られたもので、よもぎをゆがいてさらし、それ〈生むべの葉餅とち餅かしわ絣ょ喜だんごとち羊羮灰を入れて製すれば一層、色調が美しい。柏部は一般に知られたもの、米粉にて味噌あん又は餡を入れ八分むし、葉に包んで更にむしたもの。さんきらい餅は山いばらの山帰来の葉にて包む餅菓子。こし餡を道明寺にて包むものもある。むべの葉餅、とち餅は、それぞれの木の葉にて包むもの。とちの葉の大葉は山村にて食事を包んで山行の弁当包みとすることがある。以上の様な山村、農村の手作り菓子は、その他にいろいろ数多いことであろうが、季節の香りを豊かにつたえると共に、ふるさとの感じを味わうことの出来るなつかしいものである。次に都市の菓子屋で作られるこの種のものについて考えて見よう。つばき餅しそ餅しそ落雁あけび餅ちまきさくら餅桜、蘭の懐中善哉いちご羊羮文たん、きんかん、なつめ砂糖漬つばき餅は一般によく知られている。餅菓子を椿の葉て上下をおさえたもの。この菓子の起原は余程古いらしく「つばい餅」と云って平安朝の物語にも散見される。京都姉小路のものが本家てあると聞知している。生の餅米を用いて製するものが風味よく、道明寺製のものは香りが少くてまづい。しそ餅は外皮を道明寺.て作り、中実はこし飴の五センチ程度の小餅゜菓子を紫蘇の葉.て包み、その香りを菊葉常用笹舟菊羊羮J⑥ つくりこのみ

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