テキスト1963
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[vかや、ききよう穂の出たものは「すすき」穂の出ないうちは「かや」と云う。青葉のものを青萱(あおかや)と云い、白い立て縞のあるものを縞萱(しまかゃ)と云う。また、葉に段のある班入葉を矢筈(やはず)といい、これに穂が出る頃には(段すすき)又は(やはずのすすき)と云う。写真の盛花は青かやに白ききようの二種て、器は食器のガラス鉢.てある。かやは葉の細い鋭く引きしまったものは水揚悪く、柔い葉のやや太めのものは水揚がよい。花器に比較して葉がひろがりすぎると思っほど大きく活けて、丁度、よい調和となる。普通のひろがり.てはむしろ貧弱て、のびのない花と云える。かやの葉は前後左右に大きくひろがる材料て、型にはめて活ける材料ではない。一本のかやを手に持ってぐるりと廻してその中の姿いよいところを見つけ出して花器へ留める。左右の葉のならびと前後ななめの葉のならび方、その葉に依って作られる空間の形に変化を見つけ出して活け合基本型に入れることの出来ない材料てあるかやの葉にひろがりがあるから根メは小さく入れて引しめる。あしらいとして、ダリア、カラジユームの葉、ためとも百合、しら星かゆう、リーガルリリーなど、よい調和てあろう。凡4ジプリペこれは意匠的な小品花てある。ワインカップをうつむけて、その中に小さい容器(銀紙を巻いた)に洋蘭(ジプリペデュームを)1本挿してある。ワインカップのガラスを通して青褐色の蘭の花が図案的て美しい。こんな調子の作品を(意匠花)と云う。普通のいけ花の考え方から離れて何か美しい考案の作品、芸術と云う程の深い気持.てなく即興的に美しい花のアクセサリーを作るーそんな気持が意匠花てある。思いがけなくこんな花を見たとき、美しい趣味だなーと感じられる。そんな調子の作品です。シプリペデューム漆の花器は昔からある。手桶、ばだらい、経筒、栗山桶、船の形などの意匠のある花器が作られているe花を活ける場合には、特に注意して塗を傷めない様に、花器の中に布をしき沈みの金具を置いて活けたものである。投入にする場合も、丁字留を軽くかけて花枝の重いものや、難かしい枝振りをさけて、つとめて軽やかに入れることが花器によく調和し、花器を傷めないための注意でもあった訳てある。陶器や金属や竹器などはそれ程、神経をつかうこともないのに漆器の花器には特別の注意をはらったものデュームである。殊にきづのつき易いと云う点もあり、そんな関係て普通の場合には用いることが少い。然し、漆の花器は陶器やその他の花器にない繊細なすきとおった美しさと手きれいな感じを持っているので、花器としては特趣な味わいがあり好ましいものである。最近、工芸家の作る新しい漆芸品の中には、形も色調も大変新鮮な感じの作品が見られ、殊に形も創作的な自由な形のものがある。この様な新しい漆芸品を花器として用いる場合、これま.て漆の花器ーー手桶や船の花器ー|迄使った古い考え方から、ずっと飛躍して新しい感覚のいけばなを活けることの出来る花器だと云う様に認識を変えることになるであろう。耐久力を考えて見ると、漆の優れた作品は陶器や金属器と変ることな\年を径るほど味わい和増し色調も落着を増し、美術品的な深味を加えて来る。しかし、これが花器てある場合には他の漆の器物と同じ様に考えられない点がある。先ず、いけばなの器は水を入れてかなり長時間そのままに置くと云うこと。花器の中へ直接、水を注ぎ人れ花を活けて花器が傷まないか。論、よくなれた年代のある漆器は水を入れても堅牢であるが、立派な花器てあるなれば尚吏、落しなどを作って花を挿すのが常識てあろう。いづれにしても、美しい漆の花器は丁重に扱うために落し(中箇)を使ってそれに活けることとなる.てあろうが、その場合に陶器や金属器や竹器の様に自由に思うままいいけばなを活けることが出来るであろうか°これは難かしいことであるc美しい漆の花器に更に中筒を入れて活ける場合、軽い感じの投人を指すことは出来るが、材料のとり方や花型にもかなりの制約を加えられることになり、それがまた反対に考えて見ると、静かな温和な投入をつくることにもなり、漆器の美しさと詞和する「分量の少くて美しくすっきりした投入」をつくることになる訳でもある。そして漆の花器の特異ないけばなを作ることにもなる。J勿漆の花器③ No. 3 かや・ききよう

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