テキスト1963
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群る(随筆)江若線の比良駅を過ぎる頃からぼつぼつ雨が降り出した。今日は危い天気だなあと思いながら出発したのだが案のじよう、風さえ交った悪い天気となった。野生の花をしらべようと仕事の余暇に独り.てぼそぼそと京都府下や近県の山や野原、川辺などを歩いて思いがけない珍りしい花や木をみつけては私なりの勉強を続けている訳てある。季節のいい頃には、吉野山系や志賀高原や中国地方の奥地なども歩いたこともあったが、私の調べるのは植物学的なそんな難しい考え方では桑原専渓夕打算的なとこなく、私の仕事のいけばなの材料の研究という。頗るバろから出発しツているのであキっていけ花のヵためには大変いい勉強なのである。安曇(あど)駅て下りて、もう本調子となった雨の中を湖岸の方へ向って歩いて行くと、まっ白い雨脚(あめあし)が道のおもてをたた<様に音をたてて見る見るうちに水溜りをつくってゆく。今日は駅から十町ばかり歩いて常盤木と云うところまで行く予定てある。そこには田畑の間を流れて居る細い川に野生のかきつばたがあり、丁度季節も此の頃が見頃だろうと思われるのである。今年はどうした訳か春から気候がおくれて五月二十二日の今日と云うのに冷え冷えとして、殊に雨つづきの、此の頃は晩春というーーそんなに感じられない気候てある。昨年の夏、安曇川の河口にある三角洲に溝萩(みぞはぎ)の群生しているのを見つけ出したが、姫蒲(ひめがま)や芦の葉の間に見渡す限りの紫の花をながめながら、泥と砂の中に咲く濯萩の花の名を考えて、全くその通りだと独りうなづいたもの.てあった。常盤木の村へ入る前の小径を右に折れて家と家との軒端をつき抜けて行くと、すぐ街道の裏側に出てそこは一面の田畑である。二尺ばかりの畦道が遠くま.て続いてその末は小高い森が雨の中にかすん.ている。傘のまん中から洩れてくる雨水を気にし乍ら柔い泥の道を暫く歩いて行くと、畦道が二つに別れた地点から道に添うてこれも二尺ほどの巾の小川が勢のいい急流を作って流れていを私の目的地がここなのである。町の花屋てはかきつばたも、もう八分通りの残り花て、こでまりの花もほとんど終り、姫かんぞうの黄色い花がまっ盛りである。白い砂の見えるこの野川の四五町の間に野生のかきつばたが一株ひと株と間隔を置いて緑のすがすがしい葉株を流の中に茂らせている。思った程もなく花は少く、先づ三分咲と云う程度で紫の花よりも、緑のつぼみの方が多い。まっ盛りには一週間も早い状態である。更に道を変えて枝川を廻って四五町ほど歩いて行く。またそれから附近の小川を幾すじとなく調べて見るのだが、かきつばたのあるのはさきの一すじの川であって、他の川べりには一株も見えない。再び最初の野川にもどって追々と上流の方へ歩いて行くと、この川筋には点々と紫の花が咲いて、この小川と細い畦道は更に七八町も続いてやがて森の中へ入って行く。雨は暫く止み、またひとしきり降って時雨模様と変った空は少し明るくなった様子である。かなり深い森の中は檜、杉、もちの木や、それに新緑の楓などが入り交って風の吹くたびにばらばらと雨の滴が飛ん.て音を立てる。暫く歩くと樹木の梢が切れて空の見える少し広い場所に出ることが出来た。ふと見るとそこには、十坪ばかりの小さな池があつてそこには、目を見はる様な美しいかきつばたが咲き揃って居る。三尺ほどにのびのびとした、かきつばたが数十本、森の中を彩っている。静かな森の中に野生のかきつばたが濃艶な紫の花を咲かせて立っている有様は全く、能楽て見るかきつばたの精の様に思われて、私は暫く呆然としてそれを見つめたの.てあった。然し、よく考えてみると、条件に恵まれたこの池の中に豊に育って居るかきつばたが、やがてその種子を涌き水の流れて行く、さきの野川に送ゃれて、その川筋の方々に株をすえたものと考えられるの.てある。この水源の水は幾つかの小川に分れて居るのだが、その中の最も条件のいい川筋に繁殖して、つぎからっぎへと種子を流しているのに間違はない。砂地の小川に咲くかきつばたは花も葉も引きしまって濃い紫の色である。雨や風にたたかれて、しっかりと育って来たのであろう。森の中のかきつばたは、ろうたけ製版と印た女の様にのびやかに美しい花を大きく咲かせている。実に濃艶な感じである。ひとしきり風に交ってばらばらと降って来る雨の中につっ立って、花の生活もなかなか厳しいものだなあ—|と思いながら私は、花の紫を何時までもながめて居ったの.てある。の写真毎号に新しい作品写真をテキストとっていまが、3回にわけて約25瓶の挿花を活け、これで約20枚の写真をとります。更にその中から12枚程度の写真を選ん.て製版させています。テキスト毎号ごとに約70枚書きまの原稿す、撤夜も含めて約5日間に書き上げます。印刷所へ原稿を渡して製版、組み、更正印刷まで約10日余かかります。本刷2日間を含めて、納品まで約2週間かかっています。以上の順序を経て皆様のお手許ヘお送りする訳て内一日も早くお送りしようと一生懸命なのですが、山積する要務の中て編集します関係上、殊にこの頃は花展のジーズどてありますので遅れますことお赦し下さい。編集後記一九五八年六月記かきつばた刷R

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